想景の地(旧:とある日常の暴走日記)

いつのまにか自分の舞台探訪、聖地巡礼の情報発信の場となっています

映画「聲の形」を見て思ったことと聖地(モデル地)の話(前篇)

大垣コロナにて聖地巡礼をしてきたので以下になるべくストーリー順に気付いたことを連ねてきます。
 
主に書くのは原作との比較とその都度の思ったことです。
考察に関してはほぼ書いていません。
文を書くのは苦手ですし、散文にはなりますがよかったらどうぞお読みください。
1回しか見て無い上に、記憶力も弱いので、間違いが多くあるかと思います。
お気をつけて。
 
それではどうぞ。
ですます調は適当です。
 
軽い音楽にて流れるように小学校の頃の石田の紹介が始まったのは驚いた。
少し楽しげに見えた。
 
原作の石田は日常からして退屈な感じが強くしたが、映画では割と充実しているような感じがした。
 
飛び込みをしていた橋の一つは、手すりが無く黄色の反射板あり。
モデルは不明。
まだ探せてもないが。
原作でも手すり無しの端から飛び降りをしていたがあれとは全くの別物である。
小学校は原作と同じ小学校が使用されていた。(これはPV/予告等から分かっていた。)
 
その後、キービジュアルにも出てくる橋での飛び降りも行われ、ヌートリアも一瞬出てきた。
 
ヌートリアは本当に一瞬出てきたが、その際に原作で少し描かれていた、元々、島田が石田と距離を取ろうとしていた感じの描写は無くなっていた。もちろん広瀬との度胸試しはやめようという描写もカット。
石田姉の恋愛遍歴については丸っとカット、彼氏として出てきたのは黒人のペドロだけだった。
石田姪の存在を消すわけにはいかなかったので、消せなかったのだろう。
なぜ黒人のごつい守ってくれる彼氏にしたかという話は一切なかった。
原作での、デラックスのくだりはカット。
実は石田の姉が付き合っていたげんき君がその彼氏だったというのもカットだった。
小学校の頃に西宮が石田家にカットしに来ていたというくだりがカットされていたのは大いに驚いた。
この描写が無いことに気づいた際に、石田と西宮が高校卒業を見据えてどうするかという最後の葛藤全てが無くなるということを覚悟した。そうすると7巻後半全てカットだよなぁと思いながら。
割と7巻は好きだったので、何とも言えない気持ちに。
完全にカットという形ではなく、OPの際にちらりと出ていたようです。
実際7巻後半がほぼすべてカットでしたが…。

小学校の頃の話では終始、後ろからの首絞めが目立った。
原作ではあんなになかったようにも思う。
 
重松清のカレーライス音読。
原作では何を呼んでいるのかさっぱり分からなかったが、映画では「カレーライス」だった。
もしかしたら原作も音読していたのは「カレーライス」なのかもしれない。
この音読シーンでは、石田が西宮さんの後に真似をするようにして音読をするのだが、原作でも映画でも、クラス内ではクスクス笑いが生まれていた。
それだけではない、上映中の映画館内でも笑いが生まれたのだ。
これには驚いた。
見ている側の人も、上映作品内にて始まっているいじめのごく一部に加担させたのだ。
この後、どんどんいじめが上映者にも分かりやすくいじめとして行われていく(しかもテンポよく)のだが、見ている側はどこからいじめだと気づいたのだろうか。
さっき、自分自身が笑った行動は正しかったのだろうか?とハッとした人もいたかもしれない。
 
気のせいかもしれないが、教科書にて「わっ!」とやっていた内容が原作とと順番が逆転していたような気がするので、上の演出は意図的かもしれない。
 
次、喜多先生が、みんなで手話を覚えましょーってやってるところと、植野が手書きの方が楽と言っているところまでは原作と同じだったが、竹内先生が生徒の前で喜多先生に「恥ずかしいと思いませんか?」といったところはカット。
竹内先生の嫌な感じが軽減されたような気がした。
 
逆に、佐原が学校に来なくなる際の描写は丁寧になっていた様に思う。
ポイント稼ぎ・服がダサい等の佐原への陰口は2回に分けられた。
挙手してそのまま来なくなるだけだったので、印象に残るようにしたのかもしれない。
その後の重要人物ですし。
 
そうそう、耳なし芳一のくだりもカットだった。
確かに先生が笑っていたあの描写のカットは、喜多先生の際よりも印象的だったのだが。
もしかしたら、先ほどのカレーライスの音読の話で代替したのかも知れない。
担任の先生どころではなく、観客を笑わせて加担させているし。
 
校長先生が話をした後の、竹内先生が石田を怒鳴りつけたシーンに、黒板を殴る描写が増えていた。
あれで原作以上のインパクトと、竹内先生の嫌な感じが激増していたので良かった?のかもしれない。
 
原作ではこの後に池に落とされていたのだが、映画では早いうちに落とされているシーンがあった(理由は描かれずに)
 
その後、西宮母が銀行にお金をおろしに行く。
原作では、どこでお金をおろしているかが不明なのだが、映画では協賛しているみずほ銀行になっていた。
この時の店舗は不明。
というか、店外駐車場からお金のやり取りが見えるような銀行が普通あるか??
 
石田母がお金をもって行き、西宮母に謝ったのは原作と同じ福祉会館前。
厳密には少し東の方に移動していた。
この移動は、ハトにエサをあげている西宮との遭遇方法に違いが出てくる。
原作では、西宮がハトにエサをあげていた場所の東側から石田は近づいたが、映画では西側から近付いた。(東側は、西宮さんが座っている向きから見て右側。西は左側。)
そして気づき方も変更。
アニメスタッフが原作での「カップル等の落書を石田が蹴ることによって気付いた」というところにちょっと違和感を感じたのかもしれない。
たしかに、原作を読んでいる際に、ここのタイミングで柱そんなに蹴る?とは自分も思った。
そしてそのすぐ後の、あの橋のボーンボーンがカット。
まさかあの音が鳴らされないとは思わなかったぞ・・・。
聖地巡礼の際の騒音問題回避のためか?
そして、謝り終わった後にやってきた石田の母親のシーンについて。
漫画ではさらっと流されていたシーンが、アニメの色付きではガッツリ描かれていた。
そう、右耳のピアスを引きちぎった痕のことだ。
コミックスでは少し黒く描かれているだけで、一部のファンの中で「母親が謝意を見せる際にピアスをちぎったのではないか」と言われていただけだったのだが、この映画で血の色が描かれたことではっきりした。
 
石田の一人ケーキはカット。
石田がいじめられていることの竹内先生の無視(「自己責任だと」発言)もカット。
尺のために完全に竹内先生関連の削られていることに気づきます。
このあたりから、もしかして映画撮影の際の小学校訪問が無いのでは?と思い始めました。
 
原作版ではこの後に書かれていた、名古屋に限定版CDを買いに行ってファンをやめるくだりがあるのだが、映画では少しあとに移動していた。
この際に、原作では石田が未来の自分を見るのだが、これもカットだった。
あくまで、高校後の将来については描かなかった。
 
石田のバイト先の店内が少し映るがモデルは不明。
大垣市内のどこかかもしれないし、過去の京アニからすると、京アニスタジオ近くだったりするかもしれない。
 
福祉会館での石田と西宮の再会のシーン。
アニメだけあって、西宮の表情が実に豊かに描かれていてよかった。
個人的には、石田自身の中での葛藤感が割とライトになっていた様に思う。
まぁ、アニメという特性上、あれだけ小難しい話を描いても仕方ないのかもしれない。
少し寂しい気もするが。
そして火曜日に西宮さんがパン係をしているという解説を、よく分からないこのタイミングで親切にしてくれた謎のおばさんは登場せず。
ひそかに楽しみにしてたんだけどなぁ・・・。あのおばさん。
(本当に楽しみにしていたのは、パンを出してくるシーンで西宮さんの胸もt(げふんげふん)
 
そしてここで西宮母が登場せず!!!!
まさか!!!!
あのビンタも見れないの・・・と寂しくなりました。
 
原作では、この流れでそのままノートの話云々になってノートが橋から落ちたりするのですが、
確かココで一度話は切れます。(すごく記憶があいまいです。)
 
このあたりですすきとコスモスが描かれていたのは覚えています。(コスモスはPV/予告等と一緒)
映画ではここから家族で朝食を食べるシーンに移ります。
確かに原作でも、橋のくだりの後に石田母と石田が食事をして、母親が石田が頑張って貯めた170万を喜ぶ(この時は夕食っぽい)のですが、映画では(たしか)その後すぐに母親が自殺の話の鎌かけをし、激怒します。
原作ではもっと後で、激怒しています。2回もゆっくり食事を描く時間が無かったということでしょうか。
メニューは、原作の激怒した際と同じ、目玉焼きとベーコンです。
ちなみに、原作では石田姪は描かれていないのに、映画では描かれていました。
食事の際に家族全員がそろっていないところに違和感を感じたのでしょうか?
でも、あの幼い子がいる前で、激怒、火器にて脅す、170万円を焼くは、やりすぎな感じもしますが
他には、原作と同じように映画でも、石田母の調理が鉄板プレートなところは嬉しかったです。
原作では頑なに鉄板プレート料理ばかりですから。
おまけですが、この時の石田姪の服はカニです。
ネット上では、「聲(こえ)の形」を「蟹(かに)の形」と誤読する人が割と多いことが話題になっていて、それを反映させた可能性があります。
その後に、石田の持っていたキーホルダーがカニだったり、妹の服がカニで再登場したり、注意してみると面白いかもしれません。
 
このあたりで先ほどの限定版CDのくだりが来ます。
限定版CDを島田達に将也が見せているだけのシーンだったので、原作と同じようなJR東海車両座席の登場、名古屋駅の登場はありませんでした。まぁ、これは仕方ないでしょう。
 
確かこのあたりで飛行船の演出も。
あれは原作にはありませんが、空を見せるための演出でしょうか?
コミックスとは違い、アニメでは晴れ雨以外の曇り方でも登場し\人物の心象が描けますからね。
 
で、永束君と自転車の貸す貸さないのくだりが始まります。
ここはほぼそのままでしたね。
永束君の言い回しには少し笑いが起きていました。
 
自転車をパクられた後、歩きの帰り道にてパン屋の割引券と運命的出会いをするのですが、
いやいや、なんでこんなシーンでこんなに尺使うの・・・と思いました。
原作通り、チラシみたいなのでいいじゃないですか
でも、なにかしら理由があるのでしょうね。
僕には思いつきませんが。
 
で、パンを買って福祉会館には行くものの、原作通り妹に追い返されます。
そして、こちらも原作通りで、永束からパクられた自転車を回収してもらえ、永束と友達になります。
友達になった後にボーリング場・映画館・ハンバーガ屋に遊びに行くのですが、前者二つはコロナワールドな気がします。
特にコロナのボーリング場の入り口はそのままだったかと。
でも、最後のハンバーガー屋はアクアウォークですね。
見間違え出なければ、店名は「MouBurGer」でした。
原作ではファーストキッチンがモデルですが、映画は名前がモスっぽい気が・・・。
アクアウォークのフードコートでの永束君の語り口が、めっちゃ映画に影響され ていた(ここは原作とは違う)のですが、全部見た後の今思えば、映画製作を描けなかった分、永束君は映画に大きく影響されてるキャラなんだよ。と原作を知らない観客にその名残を教えていたのかもしれません。
原作ではこの時に「なんか俺も映画作りたくなっちゃったよ」とフラグ建てしているのですが映画ではキレイサッパリありませんでした。
 
で、先週火曜日はダメだった、パンを購入しての福祉会館にいる西宮さんアタックの再挑戦です。
原作通り、永束君の援護により西宮さんのおびき寄せに(偶然とはいえ)成功します。
永束君の援護の際ですが、表情が京アニの過去作「日常」を彷彿とする表情でしたw
あのギャグ顔ですw
その後、のぞき見が始まるのですが、ここでだいぶ前に橋から落とされているはずだったノートがようやく橋から落とされます。
のぞき見の時の西宮妹の吹き替えは笑いが生まれていました。
うんこ頭きもーい的な発言の時です。
うーん、西宮母に落とされる演出の方が好きだな。と思いつつも、その後の西宮妹が石田の橋への飛び込みをSNSで拡散するくだりはこちらん方が違和感が無いなと思いました。
原作だと、橋の下に妹がスタンバってることになりますから。
でも、母親の考えを無視してでもノートを取りに行ったという硝子の行動の意味合いが変わってきますし(母親はこの際に、娘の想いにぶつかることとなる)、どうなんでしょうね
そもそも、西宮はノートを取ろうとした際に思いがけず落ちている(原作)のですが、映画では意志をもって飛び降りています。
いやいや、ただ単にノートを取りに行くだけなら、橋の上からじゃなく岸から降りる方法取るでしょ・・・と思ってしまいます。
まぁ、ここで一番注目すべきは、西宮さんが手すりを越えようとする太もm(げふんげふん、ではなくて、飛び降りるという行為が無ければ石田は停学処分にならないということです。
停学処分のくだりが無くなったり、マリアを保育園に迎えに行って公園に行き、西宮妹に会えなくなってしまいますからね。インパクトも弱くなってしまいますし。
ちなみに、西宮妹が拡散させた方法は、コミックスでは掲示板、映画ではTwitterのようなものを使用していました。
 
この後西宮家のマンション夜景が見えるのですが、モデルは不明です。
 
西宮妹を公園で見つけた際、SNS拡散を言われても石田は怒らないんですよね。
ここは原作でも同じです。
昔の西宮と同じ状態になっているんですよね。
自己否定していて、怒る気持ちにならないわけです。
硝子はこれに対して怒ったことで、怒れないわけではないということが分かります。
でも、映画では怒りのシーンが割と回想的に描かれて軽めに終わってしまいましたね。

石田の家に西宮妹を連れていくことになるのですが、この時に石田姪が大活躍します。
ここを描くためには絶対に石田姪は必要だったんですよね。
この後の夜の街並みですが、具体的なモデル箇所は不明です。
これは円盤が出た時じゃないと確定できないような気がします。
シャッターのところと、白カーテンが木の柄だった場所、民家(左は窓、右にドア)等が出てくるのですが、前者2か所はそれっぽいところを見つけたので後ほど別記事で紹介します。
美登鯉橋近くのところです。
西宮妹を素直に送るだけで終わってしまったので、硝子の大捜索は完全にカットとなっていました。
あぁ、だから最初の小学生のころのボーンボーンを無くしたのかと理解しました。
でも、将也の「西宮のために消耗したいと思ってる!命を!!」は劇場で揉みたかったですけどね・・・。
 
石田の家から西宮のマンションの場所に移動する際の橋は、分かりました。
大垣市役所北西にある人専用の橋です。(橋の名前は確認を忘れていました。)
興文小学校南交差点のすぐ南です。別記事で詳しく書きます。
ここの橋で西宮妹が「妹()」だということが分かるわけなのですが、そうすると、あれ!?銭湯のくだり飛ばした!?!?となりました。
これも尺のせいですかね。
まさかのここで西宮母登場で、西宮母ビンタが炸裂でした。
一度は諦めていた素晴らしいビンタでしたが、場面が違うとはいえ描かれたので少し満足です。
(書いた後でこのあたりの流れが間違ってる気がしましたのでご注意ください。)
 
中盤は前後が完全に記憶があいまいです。
シーンがあったかなかったかしか覚えてないです。
 
佐原さんのメアドが知りたいという話になります。
で、原作と同じく川井さんに聞くわけですが、植野と佐原さんが同じな設定が生きていました。
もしかしてこの後、ファッションの話が出てくるのか!!と思ったのですが出てこず完全にスルーでした。むう。
原作と同じく電車で向かうのですが、太陽女子学園最寄り設定駅が金山駅から岐阜駅に替えられていました。
ここはまさかでしたね。
金額も片道800円から240円に変更。
原作と同じように、石田がお金無い、となっていましたが、片道240円なら往復分あるだろと思ったのは僕だけでしょうか。
しかもその後そのまま岐阜駅で佐原さんに出会ってしまうという。
なんでよ!!
しかもあのホームは名古屋駅方面しか行かないから、佐原さんがなぜか名古屋方面に行こうとしていることになるんだけども、あれはわざとなのか、ミスなのか・・・。
引っ越ししたことになるのか・・・?
でも、1駅隣が愛知県のJR東海ではほぼありえないですよね、愛知県から岐阜県に通学するのは。
遊びに行ってるという可能性はありますが。
ちなみに、PV時点で出てきた車窓は不明でしたが、途中鉄橋を渡るところは長良川のところでした。
手前のところの昭和工業()穂積工場のようなものが見えていたので間違いないと思います。
不明なところも、もう1度しっかり見ると分かるかもしれませんので再確認してみます。
佐原さんと会った後は岐阜駅北側のベンチでおしゃべりです。(実在します)
まさかここでおっぱいの話をされるとは思っていなかった・。くそう。
心の準備をしていなかったのでまた見に行きたいですね。(

ここで胸の話をしてしまったので、カラオケのくだりとか全部カットかと思っていたのですが、その後佐原さんだけで行って回収していたので石田君一緒に行けなかったんや・・・と少しかわいそうでした。
あとは、駅で佐原さんの再会したときに、あまり身長の伸びについての驚きが無かったですね・・・。

 
この後、原作では映画製作の話へとどんどん進んでいくのですが、映画では完全にされていたので話は一気に進んでいきますね。
 
植野との再会があるのですが、ここは大きく改変されていました。
まず、原作と同じ岐阜駅北交差点ではなく、一つ北の金町8交差点のみずほ銀行前になっていました。
植野は普通に店の販促活動してました。
猫耳等ありです。
で、にゃんにゃん倶楽部のモデルは原作と同じ東京の猫カフェです。
にゃんにゃん倶楽部のくだりは、ポーチを石田が西宮さんにあげるという話をする為に必要だからと残したんでしょうね。

 
映画では、にゃんにゃん倶楽部のレジでの植野の描写がありましたが、原作では無かったですね。
最初にネタバレをしておくことで時間短縮を狙ったのでしょう。
先にネタバレをした時間短縮のせいで、永束君の勘違いの恋はバッサリ切られていますw
猫カフェ内での植野のコメントのバッサリはさみしいですね。結構いいこと言ってますから。コメント通り、植野がそう思っているかは別ですが。
植野についての回想もカットされていました。
 
で、ポーチを西宮妹に託して西宮にあげるシーンですが、原作では家族と西宮妹でニーヤとしていたのですが、映画では無かったですね。
あそこの一コマ、結構好きです。
 
植野が猫カフェでの再開の一件の後、川井を通じて連絡を取るシーンが原作にはありましたがこれもカット。
植野が学校前に来ているところもカットでした。
 
このあたりでたしか病院が出てくるのですが、なんで出てきたのか忘れました
何でしたっけ。
ただ、病院のモデルは大垣市民病院です。
このタイミングで原作には病院が出てこないので忘れてしまいました。

長文がUPできなかったので、