想景の地(旧:とある日常の暴走日記)

いつのまにか自分の舞台探訪、聖地巡礼の情報発信の場となっています

恋愛ラボの聖地巡礼(西桟橋:8巻竹富島)

原作の舞台特定記事です。
 
紹介するのは、8巻にてエノとサヨの3年生組が修学旅行で行った石垣島の聖地。
そのまま観光地が紹介付きで登場してきます。
石垣島への修学旅行といいながら、近くの西表島竹富島が多く出ているのが特徴かと。
 
今回はその中の竹富島にある、西桟橋です。
それではどうぞ。 
 
8巻P55の一番左上

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ひび割れまでこだわって、合わせて撮影してきました。

朝一番の誰もいない時間に撮影したので、手前の方が少し日陰になってしまっています。

竹富島の中でも有名な観光地なので、通常時に行くと、誰かしらがいます。

 

西桟橋の名の通り、竹富島の西に位置しています。

漫画の中で直接的な描写があったわけではないですが、エノとサヨで夕陽を見ているようにも見えます。

実際、ここは夕日の人気スポットになっており、宮原先生もここで夕陽を見たのでしょう。

 

今回の自分は、石垣島からの日帰りで竹富島に来ており、夕日までは見ずに帰っています。

フェリーの最終便自体が、日没前までの設定となっており、日没まで楽しみたい場合には、竹富島での宿泊が必要です。

 

以下、西桟橋で撮影した写真です。

 

西桟橋に行く途中。

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右奥に伸びているのが西桟橋。

 

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結構なひび割れが目立ちます。

遠くにうっすら見えるのは、西表島

 

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この西桟橋は、登録有形文化財にも選ばれています。

 

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桟橋の先端。

形状がここだけ異なっています。

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先には大きな穴がぽっかりと。

 

振り返って撮影。

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既に別の観光客が来ていました。

 

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海がきれいで、海底がすぐそこに見えます。

 

魚もいますが、なまこも。

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遠くから側面を撮影。

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コンクリートの下には、琉球石灰岩の石積みがされているようですね。

 

少し引き潮になってからの西桟橋。

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歴史的な背景に興味がある方は、どうぞ。
この西桟橋の整備の歴史です。
元々、竹富島サンゴ礁の隆起によってできた島で、稲作に適していませんでした。
ただ、琉球王府は米での納税を求めていたそうで、竹富島では米を作れない島民は、西にある西表島に通って稲作をするという通耕というのをしていたとのこと。
すでに、そういう文化があったそうです。
さらに太平洋終戦後には、本土などに出ていた多くの出稼ぎ者がこの島に戻ってくることで、島内の食糧事情が悪化。
通耕を促進し、食糧確保を促進するため、西表島がある竹富島の西側に現在の形の西桟橋が整備されたとのこと。
 
そもそも、竹富島から通うのではなく西表島に住めば、楽だと思われますが、そうしなければならない理由があったようです。
それは、マラリア
西表島はアラリアの発生地であったため、定住は困難な状況でありました。
ですので、仕方なく、西表島竹富島から通ったわけですね。
 
ただ、マラリアの発生地であることで西表島の開発が進まなかったことから、結果として、西表島に多くの豊かな自然が残ることとなったわけですね。
 
現在、西表島を含む八重山列島からマラリアは1961年に根絶しており、心配することはないようです。
 
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。